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保育園の園舎建築の設計専門家・ちびっこ計画の日々

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日々の雑感:中学2年生

 先日、ある公立中学校の「キャリア学習」という講座で1時間喋ってくれないかという依頼があった。たまたまその日の予定が空いていたので受けさせていただいたが、受けてから中学2年生にどのような話をすればいいのか、と考えこんでしまった。
 乳幼児には、仕事で毎日のように会っているので慣れている。二十歳前後の若者には専門学校で非常勤講師をさせて頂いているので問題ない。しかし、中学生とは自分が卒業して以来接触がないのだ。
 講座の内容をきけば、テレビ屋・調理屋・機械屋・服屋・ゲーム屋などありとあらゆる職業人が、生徒たちの将来展望をひらくため講座を行う中で、私は設計屋の代表として参加することになるらしい。私は保育園屋で一般の設計屋とは違うというと、それでいいとのことだ。事は重大である。つまらない話をして、子どもたちの夢を砕いてはならぬ。
 少し話が逸れるが、専門学校で教鞭をとっていて痛切に感じることがある。ほとんどの学生の、将来の夢や希望、生きる目的が希薄だということだ。
 社会科が大好きだった私の高校時代の将来の夢は、「高校地歴」の教員であった。だから大学は文学部史学科を選んだ。だが、大学に入って史学研究室に行く前に、吹奏楽部の部室に連れ込まれてしまったのが運の尽きだった。それから4年間、部活と食事の合間に授業に出るという愚かな生活を送り、ついに教職の単位を落とした。だが自分としては、堕落した生活を送ったとは全く思っていないどころか、とても充実していた。部活では部長として100人を束ねて関西大会出場を目標に掲げ、文字通り口から血のにじむほどの練習を重ねた。敗れはしたが、私の卒業の2年後、後輩たちが関西大会の舞台に立った。 
 また食事においては、いかに安価に満腹になれるかを追求し、牛丼の吉野家で、並盛つゆだくと白飯という組み合わせが特盛より安く、大盛りより満腹になることをつきとめたのもその頃である。大学での4年間は、勉学以外は非常に充実した時間を過ごしたし、それが私の生きる目的そのものだった。一つのことを追求することの苦しみや喜びを知り得たその時間が、私自身の基盤を作り上げたのだと思っている。その後、なぜ私が保育園の設計を専門とするようになったのかは、またの機会に譲るとして、一つのことを追求する姿勢を体得することが夢を持つことにつながるのは間違いなかろうと思う。
 中学2年生で、「針路」を定めろというのも少し酷なような気がするが、高専や工業高校などを目指す生徒もいることを考えれば、時期尚早だとは言いきれまい。私の仕事を紹介させていただくことで、自分の夢や生きる目的を持つ機会にしてもらうというのが、今の私にできることだろうか。
 獏は夢を食って生きているらしいが、人もまたそうだと思うことがある。夢の生産能力というのは、年を経れば退化していくものであるから、如何に早い時期に密度濃く日持ちのする夢をつくるかで、その後の人生は変わってくるのだろうと思う。言わば夢の貯金である。貯夢である。夢のない若者ほど見ていてつらいものはない。金を貯めるのは年を経てからでもできる。若者には夢こそをたくさん貯めてほしいと願う。
 
 夢を語りに行こう。

(大塚謙太郎)


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保育園、保育所の設計専門
ちびっこ計画 / 大塚謙太郎一級建築士事務所
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by chibicco-plan | 2013-01-24 01:19 | ●日々の雑感
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