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保育園の園舎建築の設計専門家・ちびっこ計画の日々

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保育園を考える:研究集会で発表しました

平成24年11月17日から19日にわたって、千葉県の和洋女子大学で行われた、第28回新建築家技術者集団全国研究集会で、発表させていただきました。

第B9分科会 保育教育施設の整備
テーマ 段差を活かす園舎計画
大阪支部 大塚謙太郎

【平地が少ない】
 大都市やその近郊では、いまだ解消されない待機児童があり、更なる保育所の設置が進められている。しかし、広大な平地があてがわれることは稀で、雛壇上の造成地を数筆まとめたものだったり、広くても斜面地であったりして、新築といえども一筋縄ではいかない条件であることも多い。都心部では、既存ビルの1フロアを改修して保育所に用途変更するケースも増えている。この場合、給排水設備などの配管をスラブ上で納めることになるため、全ての床面をバリアフリーとすることが難しい。
 このように、園舎のどこかに段差が発生し、平坦な床面の園舎がつくりにくいことが多いが、それを逆手にとって、保育を行う上でプラスに作用させる方法を考えてみたい。

【くじら雲の記憶】
 2008年に東京支部主催で行われた、『民家を園舎に』という企画(企画の詳細は、東京支部発行の冊子『民家を園舎に~依田さんの野外保育から考えよう』に詳述されているので、そちらを参照されたい。)で、長野県にある「NPO法人 響育の山里 くじら雲」をお訪ねしたことがある。養蚕民家がそのまま認可外保育所に転用された事例だ。
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▲写真1

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▲写真2

 庭先にある焚き火コーナーが素晴らしい。かまどを中心にして、園児30人ほどが輪になって座れるGLより一段高くなった環状列石があり(写真1)、廻りは緩やかな勾配の石段になっている(写真2)。開放的でいて、かつ包まれたような雰囲気が作り出されるいい空間である。そこで園長は、静かな声でこどもたちに語りかける。「集まれー」と大声を出すこともなければ、笛を吹き鳴らすこともしない、静かな保育である。ふつうの声音で、ふつうに話す、「当たり前の暮らし」としての保育がそこにあった。
 いろいろな保育のやり方があるわけだから、それが絶対によいとはいえないだろうが、保育所保育指針に、入所するこどもたちに「最もふさわしい生活の場でなければならない(※1)」と謳われている以上、当たり前の暮らしを現出させる必要があることは間違いないと思う。同時に、その域にまで保育の質を高めさせることは、簡単なことではないとも感じていて、そこに建築が保育をサポートし得る部分があるのではないかと考えている。
 保育所の急増で、現場では質・量ともに保育士の確保がままならない状態であると聞く。園児数と保育士数の関係など、児童福祉施設最低基準についての議論も当然必要だろう。保育に欠けるこどもたちのための環境づくりの現実は厳しい。しかし、私たち保育園設計者にはそれらの制度的解決を待っている時間はない。今このときも目の前に、弾力化の名の下に詰め込まれたこども達がいるのである。少しでも、「当たり前の暮らし」に近い保育が作り出しやすいよう、我々設計者に与えられた負の物理的条件を、保育をサポートする仕掛けに転化させていくことを考えたい。
 くじら雲の焚き火コーナーを見て、私は今までこの段差をなくすために工夫を凝らしてきたが、それを改めようと思った。それからは、保育所建築ではよくないと言われがちであった段差というものを、むしろ有効に活用する提案をさせていただくことが多くなった。

【いくつかの試み】
 写真3は、事務所ビルに保育所を入れた事例である。共用部への既存鋼製防火戸の踏み込みの段差を活かしたコーナーを設えた。段差は150mmで、床には厚めのコルクタイルを使った。円形であるため、こどもたちの視線は、自然に隅に座る保育士の方に向かう。
 設計打合せでは、集まって座れる場所として設えることとし、具体的な利用目的は決めなかったが、本棚がおかれ、読み聞かせコーナーとしても使われるようになった。
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▲写真3

 写真4は、倉庫を保育所に転用した事例で、既存の階段下部の天井が低く狭いスペースを、アルコーブとして作り変えた。やはりここでも段差を利用することで領域性を帯びさせ、落ち着いて遊べる空間としてお使いいただいている。
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▲写真4

 写真5は、前面道路と1mのレベル差のある雛壇造成地での新築で、0・1歳児保育室内に段差を設けた事例である。レベル差の解消のしかたが最大の課題であったが、積極的に活かすことを考え、「ベビーサークル(※2)」がわりとして、段差を利用した畳コーナーを設えた。
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▲写真5

 既製品のベビーサークル(写真7)は、低年齢児の現場ではよく使われているが、やはり檻の中にこどもを入れているようで、抵抗を感じる先生方もおられるようだ。
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▲写真7

この事例のように段差を上手く用いれば、保育上のマイナスイメージを払拭する一助にもなる。設計者としては、低年齢児室に段差を設けるのは、少々勇気が必要かも知れないが、綿密な打合せを行って保育とリンクさせていけば、上手く活用していただける。依然としてここには落下防止の柵は設けられていないし、もちろん既製品のサークルも用いられていない。また、この園では写真6のように、0・1歳児保育室だけでは処理しきれなかったレベル差をホールにも利用し、舞台として活躍している。
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▲写真6

【おわりに】
 段差は人間の行動を制限するから、福祉のまちづくり条例などバリアフリーやユニバーサルデザインの考え方に反する部分がでるので、各々のケースに応じて、園児の受入れ場所や、それに至る動線検討が重要であることは言うまでもない。しかし、人間の行動にある一定の指向性を与えることもできる。それが円形であれば求心性が生まれるし、高さの差が大きければ領域性が生まれる。それらを保育の目的に応じて制御した設計を行えば、それはバリアではなく、少しでも保育をサポートできる有益な要素に変貌し得るはずだ。

※1、平成20年厚生労働省告示第141号の保育所保育指針第一章2項(1)号に記載がある
※2、低年齢児の行動範囲を限定するため、木格子などの環状の囲いを設け、その中に園児を入れて保育する道具のこと。

(大塚謙太郎)

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保育園、保育所の設計専門
ちびっこ計画 / 大塚謙太郎一級建築士事務所
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by chibicco-plan | 2012-11-19 07:50 | ●保育園について執筆・講演
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