上尾保育所で亡くなった榎本侑人君は当時4歳だった。「本棚の下の戸のついた収納庫」に入り熱中症となったことが原因である。本棚の下に入った理由はわからなかった。『もし自分の子どもだったら』というのは子の親全てが感じることであろう。
モンスターペアレンツの存在、いじめの問題、児童福祉施設最低基準と現実との乖離、コミュニケーションの問題、保育行政や現場の状況など様々な要因が絡まって、最も守らなければならないはずの命を奪うに至った。保育士の過失のみが原因ではないということに、当事件の根の深さを思わずにはいられない。
今を遡ること60年以上前の、昭和23年にできた児童福祉施設最低基準については我々設計者でも疑問を感じるのに、保育現場の苦悩はどれほどのものであろう。待機児童数を追いかける前に、保育士が置かれる状況の過酷さを社会はもっと認識すべきだろう。
筆者は「今の低い基準の中で最も確実な方法を模索して、子どもたちの命を守るのが、保育士の仕事」だと述べているが、室単位の最低基準を割っていても園児を詰め込むという状態の保育所が、公立でも多数存在するのである。最低基準すら数字上のカラクリで誤魔化されてしまうような状況の中で、質の高い保育などできないことは、初めからわかりきっているのである。だから、全ての責任が保育の現場にあるとは、私には到底思えない。これは子ども達に対する大人の責任として、社会全体が真剣に向き合わなければならない重大な問題なのである。
ルポルタージュとして上尾保育所の事件を淡々と述べるその文章の裏に、子どもたちの置かれる環境を総合的に考え直すべきだという、筆者の強い思いが見える。私も同感である。こどもたちに係わるあらゆる職能が、それぞれの立場で、こども環境を向上させるために努力すべきだろう。私はこどもの建築を設計する建築士という立場で、微力ながら貢献したいと考えている。
(大塚謙太郎)
BOOK DATA
死を招いた保育
【著】猪熊弘子
価格●1680円(本体1600円+税)
出版●ひとなる書房
発行●2011年8月
ISBN●978-4-89464-168-6
19.5×13.6cm、196頁
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保育園、保育所の設計専門
ちびっこ計画 / 大塚謙太郎一級建築士事務所
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