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保育園の園舎建築の設計専門家・ちびっこ計画の日々

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『保育所等における小空間に関する調査・研究』終了


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公益社団法人インテリア産業協会の助成金と、国立明石工業高等専門学校の水島研究室の協力を得て、私どもちびっこ計画の大塚が代表を務める「保育所インテリア研究会」が実施した、『保育所等における小空間に関する調査・研究』が終了しました。ブログでは、序論のみ掲載させていただきます。報告書本編の内容は、インテリア産業協会のホームページで近日公開されます。以下、序論です。

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1-1.保育所等がおかれた現状
 待機児童は、これまで大きな社会問題となっていたが、令和3年の『保育所利用児童数の今後の見込み』によれば、保育所利用児童数は、令和7年にピークを迎えると予測されている。女性の就労割合によっては、さらなる保育利用の需要が生まれる可能性はあるが、大局的には、間もなく峠を越えるとみてよい。
 ここ数年、量的整備が最優先課題となり、最低基準面積の緩和など、国策によって児童福祉施設最低基準の精神は、いとも簡単に捻じ曲げられてきた。最低基準以下での生活環境を、物言わぬ子どもたちの権利を無視して、或いはそんなものがあるという意識すらなく押しつけ、彼らの暮らしを脅かしてきたのは、私たち大人の身勝手な意思である。右も左も猫も杓子も、待機児童解消を、それが児童福祉だと言わんばかりに推し進めてきた。その結果、人材難、死亡事故や虐待の多発、集団離職など、現場の荒廃ぶりは周知のとおりである。それを、他人事として意に介さず、それでもわが子を預けるのが当たり前とするならば、私たち大人は、これまで推し進めてきた量的整備以上に、質的整備を推進していく必要がある。
 保育所等の整備には、公的資金による補助が欠かせないが、その補助金のねらいは、定員の拡充にあった。したがって量的整備が満足することによって、質的整備がむしろ退潮するのではないかと、危惧している。今後は、保育所等が充足した地域から、新規創設のための補助金は、建て替えなどへの補助へと移行していく。この十年で濫造されてきた園舎は、その質の良否に関係なく、これから五十年にわたり、子どもたちの生活の器となって使い続けられることになる。

 保育所等の施設整備基準は、児童福祉施設の設備及び運営に関する基準、幼稚園設置基準、幼保連携型認定こども園の学級の編制、職員、設備及び運営に関する基準などの省令で定められている。しかし、面積基準や設備基準はあるものの、保育環境の具体的な設えなどに関しては、具体的な定めはほとんどなく、保育所保育指針や、幼稚園教育要領、幼保連携型認定こども園教育・保育要領の記述に頼ることになる。
 例えば、厚生労働省が編んだ『保育所保育指針解説』によれば、「園における「環境」とは、人的及び物的な保育環境だ」とある。この『保育所保育指針』は、概ね十年毎に改訂されていて、最新版は平成30年改訂版である。その2版前、つまり平成11年改訂版の第一章総則にある、「保育の環境」の項には、以下のような記述があった。

「保育室は、子どもにとって家庭的な親しみとくつろぎの場となるとともに、いきいきと活動ができる場となるように配慮する。」

 私はこの文面が好きで、日々の設計業務の中で園舎を、これに近づけようと努力してきたし、今も同じ心構えでいる。保育所等は、そもそも多人数の集団生活を前提としているから、住宅と同じように、直接的に家庭的な環境を実現するのは難しいが、指針にあるのだから、インテリアや建築の立場から、その実現を目指す必要があるのは言うまでもない。
ところが、大変残念なことに、平成22年の改定で、この条文から「家庭的」という文言が削除され、平成30年の改定でも、それがそのまま踏襲されている。
 保育所の園舎設計を専門とする私にとっては、拠り所を失ったように感じている。「家庭的保育事業」との混用を避ける、という意図かとも思われるが、それにしても簡単に削除すべき文言ではない。
ご承知の通り、児童養護施設や高齢者や障害者の福祉施設は、大舎制から家庭のスケールにより近い小舎制に遷移しつつある。福祉事業の多くが、運営側のスケールメリットを追求せねば事業自体が成り立たなかった時代を越え、大変ゆっくりとではあるが、利用者の側に立った福祉施設整備ができうる時代へと変わりつつあるのだ。その流れに逆らう意図があるのかないのか、「保育所保育指針」から「家庭的」という文言を消去することで、児童福祉の中心的存在ともいえる保育所を大規模化する、消極的根拠を作ってしまったような気がしてならない。
 かつて児童福祉の父と呼ばれた石井十次が唱えた「家庭的な雰囲気の中で育てる小舎制」に共感している私は、保育園の園舎には家庭的な場が必要だという考えを、やはり変えることができないでいる。
 一方、保育現場では、「保育所保育指針」に「子どもが自発的・意欲的に関われるような環境を構成する」という記載が見られるように、これまでの保育者主体の一斉保育から子ども主体の環境を通じた保育に移行しつつある。その代表格と言えるものに、保育者が家具などを利用して室を柔らかく仕切り、積み木、着せ替え、お絵かきといったテーマを定めたいくつかのコーナーを設え、子どもたちが活動を自由に選択できる環境を整える、いわゆる「コーナー保育」があり、数々のコーナーを含む部屋ごとの間仕切壁は、結果的にこれまでのようなクラス単位に区切るものではなく、数クラスが一部屋に入るような大広間となる傾向が強くなっている。
 そのうえ保育時間の拡張が徐々に進められた結果、現在では11時間保育が常態化している。睡眠時間を除いて考えれば、家庭で過ごす時間よりも、園で過ごす時間の方が圧倒的に長い。子どもたちの一日の暮らしのほとんどは、園の中にあると言っていい。集団の中、しかも大広間で11時間を毎日過ごせば、大人であってもストレスを相当感じるであろうし、子どもにとっても同様であることは自明である。
 前述の現状を踏まえ、保育現場の中に活動のための設えやコーナーとは目的を異にした建築的な「小空間」を提供する必要性が、高まっていくのではないかと考えている。

1-2.インテリアコーディネーターや建築家の役割
 1970年代に小川信子らの設計によって展開された優れた園舎の数々は、その計画手法が市井の建築家へと十分に受け継がれる前に寿命を迎え、建て替えが進んでいる。その結果、児童福祉施設最低基準を守っただけのあたかも収容施設的な設計や、奇を衒った浅はかな設計が目立ち、子どもを軸に考え抜かれた豊かな生活空間に出会うことは多くない。
 園舎を生活空間、つまり住宅として捉えることが建築計画的に浸透しないまま、幼保一元化の進捗に伴って、認定こども園への移行が増えた。内閣府が令和3年に発表した「認定こども園に関する状況について」に収められている「認定こども園数の推移」を見ると、ここ十年程度の期間に、八千園ほどの認定こども園が移行ないし創設されている。これによって、園舎がますます教育施設的なつくりになってしまったのは、大変残念なことである。

 そもそも、日本の保育政策の貧しさに原因の一端があるわけだが、この先何十年かかるか解らないその充実を、指をくわえて待っているべきではない。今この時も、子どもたちが生まれ、育っていっているからである。
 これからの質的整備が期待される保育所建築では、子どもたちに家庭的なくつろぎを与える生活空間を整備するために、公共建築を得意とする建築士よりも、むしろ住宅に手慣れたインテリアコーディネーターの力が活かされるべきだろう。またそこで得た経験や知見は、子どもの行動特性の把握につながり、保育所等の計画はもちろん、子育て世代が住む、一般住宅や集合住宅の計画にも活かされよう。

1-3.調査研究の背景
 長時間保育の常態化、発達障害児等のいわゆる気になる子の増加など、保育所等が直面する課題に対して、より質の高い生活の場の提供で応えようと、我々保育所等を専門とする設計者は、鋭意取り組んできたところである。
 これまでいくつかの園で、母集団から外れた園児が2~3人ほど、所在なげに保育室の隅に座っている姿を幾度か見た。いずれも一斉保育であったから気づきやすかったのかもしれないが、コーナー保育を行っている園でも顕在化していないだけで、同じ状況の子がいるかもしれない。自閉症スペクトラムをはじめとする発達障害が社会的に認知され始め、集団行動になじみにくい子どもたちへの対応が、保育や子育ての上で重要な課題となっている。
 子ども主体の保育を目指しながら、等しく熱中できる遊びや時間が保証されないのは不公平と言える。居場所のない家を、そもそも住まいとは呼べないように、子どもたちの昼間の住まいである園舎においても、誰にでも等しく居場所が保証される必要があろう。それを保育の責任と投げ捨てるのは簡単だが、保育側にも園児数に対する職員数という長年続けられてきた制度的課題があり、ソフトだけでの対応に限界があるのも事実である。
 そこで、インテリアや建築的に居場所の確保をサポートできないかと考えるようになり、私たちは、一つの回答としての「小空間」を、いくつかの園で設計に取り入れてきた。完成後の利用状況を観察すると、障害の有無にかかわらず、遊びや生活の上で、様々な行為がそこで展開されるのを目にするようになった。

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 写真は、20年ほど前に、私が設計を担当した保育所を、観察中に偶然見たものである。「小空間」の一種である、アルコーブまわりで遊んでいた子どもたちが、保育者が作ったと思われる段ボールに布を巻いた板を、引きずってきてアルコーブに重ねかけ、四方が囲まれた空間を自分たちで作っていく様子である。それまでは、小学校の設計などで効果を上げていたアルコーブという手法が、保育所になじむかどうか、確証がないまま設計に取り入れていたが、この場面に遭遇して、幼児に空間づくりへの具体的な欲求があること、それをアルコーブという抽象的な空間と保育室にある材料を利用して実現する能力があること、を確認することができた。それ以来、いくつもの園舎で「小空間」を設計してきたが、量的整備から質的整備への転換点を迎えた今、保育所等での「小空間」の効果や設置意義をより深く把握することによって、さらに適切な設えで、保育の質の向上に寄与できると考え、この調査・研究を企画した。

令和4年3月
保育所インテリア研究会代表  大塚謙太郎

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保育園、保育所の設計専門
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by chibicco-plan | 2022-04-23 09:51 | ●保育園について執筆・講演
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