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保育園の園舎建築の設計専門家・ちびっこ計画の日々

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暮らしの幅を拡げるセカンドキッチン

奈良女子大学で開催された、新建築家技術者集団「第33回全国研究集会」の第2分科会「生活と福祉」で、弊社大塚が発表させていただきました。


第2分科会 生活と福祉

テーマ 暮らしの幅を拡げるセカンドキッチン

大阪支部 大塚謙太郎


保育所の濫造が終わり、淘汰の時代に入った。入れればよいという保育所選びではなく、内容が問われるようになった。自戒を込めて言えば、温かみのある空間とか、明るいお部屋とか、それ以外に特筆するもののない園舎が多かったと思う。逆に作りこみすぎて融通が利かない園舎もあった。何もしないことがむしろ良いことである可能性が高いのが保育所建築だが、保育者が後から作りにくいものは提案すべきだろうと考え、保育を直接的に支える仕掛けや、園児の成長に資する設え、或いはこどもを取り巻く大人への効果も持つ工夫として、ユニバーサルなセカンドキッチンを提案することが多くなった。以下に、その実践例をご報告する。


食育と保育所

食育基本法前文に「子どもたちに対する食育は、心身の成長及び人格の形成に大きな影響を及ぼし、生涯にわたって健全な心と身体を培い豊かな人間性をはぐくんでいく基礎となるもの。」とあり、第11条で、保育に関する職務に従事する者に対して「あらゆる機会とあらゆる場所を利用して、積極的に食育を推進するよう努める」責務が課せられている。保育所保育指針では食育の推進という項目で、「健康な生活の基本としての『食を営む力』の育成に向け、その基礎を培うこと」が目標とされ、食育の環境の整備等という項に「子どもが自らの感覚や体験を通して、自然の恵みとしての食材や食の循環・環境への意識、調理する人への感謝の気持ちが育つように、子どもと調理員等との関わりや、調理室など食に関わる保育環境に配慮すること。」とある。厚生労働省の指針解説には、「環境」とは人的及び物的な保育環境だとあるので、キッチンなどもその範疇に含まれようか。「感謝の気持ちを育」てるだけでは、些か物足りない。同指針の保育に関する基本原則に「子ども自らが環境に関わり、自発的に活動し、様々な経験を積んでいくことができるよう配慮する」とあるからだ。


かにがさか保育園の場合(兵庫県明石市)

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理事長から、子ども食堂等の孤食への対応拠点として、近隣住民との交流の場として、多忙な保護者がここで晩御飯を作って食べるなど、今後の保育所の多様な在り方を視野に入れた様々な案が出た。ナスステンレスの住設キッチンのキャビネットのラインを使い、製作のステンレス天板を組み合わせた。四方とも、大人でもこどもでも使い易い高さにするため、奥側の床を300mm下げ、両サイドのシンクに 沿って150mmの段を入れた。FL±0 mmFL150mmFL300mmの三種を選択できる。幅は3040mm、奥行は630mm、手前のこども側の天板高さは500mm、奥の大人側は800mmだ。これを玄関に連続したランチルームに配し、すぐ隣の調理室への出入口を設け、道具類の出し入れが容易に行える間取りとした。

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いなみ野母里こども園の場合(兵庫県稲美町)

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玄関ホールと連続した「おやねのひろば」にあるキッチン。モールテックスを塗ったオーブンとコンロ付のキッチンと、保育者の自力建設による栗丸太玉砂利洗い出し床の優しい雰囲気のなか、母里カフェが週に一度開かれる。大人でもこどもでも、保護者でもそうでなくとも誰が来てもよく、飲み物や軽食が無料で供される。地域と園との親密な関係性を保つのに、セカンドキッチンが一役買っている。


みらくるちっぷの場合(大阪市生野区)

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放課後等児童デイサービス。毎日のおやつや、夏休みの昼食のクッキングが行われる。手前は、車椅子の児童に合わせて掘り込み、奥は大人の高さに合わせた。端部はフルアール加工を施した。自由度の高いステンレスでの製作であれば、安価に様々な形態に対応することができる。床は土足利用の玉砂利洗い出し。


みどり丘こども園の場合(兵庫県高砂市)

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ステンレスとメラミン板の製作キッチン。右奥に調理室の配膳カウンターが見える。これまでと同様、前後の床高さに差異を設けている。以上児による野菜の下処理が毎朝の日課。園児と食、そして園児と調理師の距離が近くなる。


大久保保育園の場合(兵庫県明石市)

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保育所が運営するまちの居場所。小学生以上の使用を想定し、パナソニックの既製品で、床はフラットにした。左は、近隣の小学生による放課後のお茶会の準備の様子。卒園児がお友達を連れてきて、やがてまちの大人へ拡散していく。SNSを使わないこどもを通じた拡散で、確実にこの居場所の存在が周知されていく。右は、園の栄養士による離乳食講座。もちろん子連れで出来立ての離乳食を食べていただく。同じ園に通いながら話したことがなかった参加者も、たちまちママ友に。


保護者の感想

かにがさか保育園のキッチンの意義を確認するため、同園を運営する社会福祉法人和坂福祉会傘下の通園児の保護者様255名を対象に、アンケートを実施した。まず、「子どもの成長にクッキングが必要か」では、96%が「必要かやや必要」と答えた(下グラフ左)。ここまで圧倒的な数字になるとは予想しなかった。次に、「園で行われているクッキングについて子どもと話すか」では、72%が「話すかたまに話す」と回答し(下グラフ中左)、「園でクッキングしたメニューを子どもが自宅で調理するか」では、24%が「よくするかたまにする」と答えた(下 グラフ中右)。未就学児が調理するには保護者の見守りが必要だから、全体の1/4の保護者が多忙な時間を縫ってこどもとクッキングを楽しんでいるということになる。園でのクッキングが、親子の関わりのきっかけになっていると言える。「子ども用キッチンが子どもを通わせる理由になるか」では、58%が「なる」と答えた(下グラフ右)。最初の質問より減っているが、逆に私は安心した。目に見える設備だけで保育所を選んでいる訳ではない、と言えるからだ。

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内食への誘導

中食や外食が増えている現代の家庭の食生活であるが、離乳食講座によって内食の習慣ができたり、園のクッキングの家庭での再現が内食のきっかけになったり、園のセカンドキッチンが発端で、家庭の食生活に良い影響を与えている様子である。


栄養士と調理師の保育参加

明確な調理室の区画が、業務の境界線となり易いのが保育所の特徴だが、保育に参加したい調理師も少なからず存在するし、栄養士に保育に参加してもらいたい園長もいる。多かれ少なかれ各園が持っている課題だろうと思う。セカンドキッチンは自ずと調理室の外となり、保育者の領域だったところに、調理師が出てくることになる。そうすれば、保育者と調理師との交流が深まるし、園児と接する機会が増える。調理師が保育に関わる理由もできる。食育に資するのがキッチンの目的だが実はこの辺りのほうが、各園長が企んでいる大きな目的であったりもする。

比較的安価に、至極単純な建築的仕掛けが、保育・子育て・食生活・まちづくりに及ぶまで、微力ながらも間接的に好影響を与えられるという事例である。食を媒体にすれば、大人もこどもも、皆、いい表情を見せてくれる。
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保育園、保育所の設計専門
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by chibicco-plan | 2024-12-01 00:00 | ●保育園について執筆・講演
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